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令和囲碁美人ファイルナンバー6 Kさん

 アンティークの振袖を纏った女性が囲碁に興じる様子を残しておきたいと、ゆっくりですが撮りためています。今回は、多摩地区で自営のお店を経営しているKさんです。Kさんは普段から和服を着る習慣があり、(昨年この日来宅される際には振袖を着る予定はなく、とても素敵な訪問着をお召になっておりました。しかし、せっかくなので振袖を羽織ってみることになりました。そうです、Kさんは訪問着の上から振袖を着ています、つまり、着物も帯も二人分を同時に着ています。本来は、実にほっそりとしている方なのです。

 さて、ここでアンティークの振袖と云う、何とも漠然とした言い方をしていますが、中古(リサイクル物)とは明確に区別するポイントがいくつかあります。

 

  1、共八掛 2、“紅(あか)もみ”の胴裏 

  3、生地は縮緬(紋綸子を含む)4、模様は手描き 5、所々に刺繍の模様が施されている 

  6、帯は原則丸帯7、時間を経たことから来る時代の味

 

です。時代の限定はありませんが、2番の“紅もみ”はあまりにも手間暇と費用がかかるために、戦後にはつくられなくなり、すでに絶滅してしまいました。1番、3番、4番、5番、6番は現代でもできないことはありませんが、そんなことをしていたら費用がどれだけかかってしまうか解りませんので、現実的にはつくられることはありません。

  Kさんの振袖を改めてご覧ください。アンティーク振袖としてのすべての約束を備えていることに加え、何とも華やかな模様が全体に施されています。決して善悪正邪の区別を言っている訳ではありません。ピカソが描いた絵画と、その絵をカラーコピーした工芸品の絵画は明らかに異なるジャンルの物なのです。

 共八掛と紅(あか)もみ胴裏(どううら)

着物の足元周りの裏地を八掛(はっかけ)と言います。この部分は本来外から見える部分ではありませんから、模様を施す必要はありません。しかし、外から見えないところにお洒落をするのが“粋”というものです。表の模様と同じ柄の模様を八掛にも施すことを約束としました。これが共八掛です。

また、着物の胴体部分の裏地を胴裏と言いますが、ここも外から見える部分ではありませんからお洒落をする必要がないと言えばその通りです。しかし、振袖は若いお嬢さんにとったら最高のお洒落の機会ですし、ご両親にとってみたら大事なお嬢さんの健康や幸福を願い、お洒落のできる部分にはどこまでもお洒落を尽くしてあげたいというのが人情でしょう。紅もみの染料は紅花で、江戸時代は紅花と金が同等の価値だったと伝えられるほどの貴重品です。また、紅花は防虫効果もあり、紅花染めは魔除け効果が信じられていました。そのような理由で、女性の着物の裏地は紅もみということになっていました。

さて、昭和初期は戦争の時代です。そんな世情では華やいだ振袖の柄は影を潜め、手間暇のかかる紅もみもつくられなくなって行きます。戦後の技術の発展と合理主義精神から、共八掛と胴裏の赤もみはなくなり、無地の生地が使われています。しかし、若いお嬢さんの袖口から紅色の裏地がチラッと見え様子は、何ともチャーミングで色っぽいものです。

ところで、紅もみが生産されなくなり、どこの呉服屋さんを探しても在庫がなくなっていますが、この状況に大変困っている方達がいます。歌舞伎などの伝統芸能に携わる方達です。歌舞伎役者が見栄を切り裏地が見えた際に、無地の白いナイロンなんかを見せられたら興ざめもいいところでしょう。今でも需要を見込める旧来の紅もみを生産したら、注文がひっきりなしに来ると思うのですが、どなたかいかがでしょうか。

 また、帯についてですが、帯と着物の関係について述べる必要があります。女性が和装をする際に、帯と着物ではどちらが主役でしょうか。面積は明らかに着物の方が広いのですが、帯は中心部にあって着物全体をまとめています。そうです、女性の和装では帯の方が主役であり格が上なのです。着物と帯には本来持っている格があり、“帯は着物と同等か上の格の帯を締める”という約束になっています。着物が上等で帯にランクが下のものを使うという取り合わせはおかしいのです。すると、上質のアンティークの振袖には、帯の中でも一番ランクが上の丸帯を使わなくてはなりません。丸帯は、両面に同じ模様が施されている帯を言います。染めの丸帯もありますが、振袖には、刺繍で模様を浮き出してある丸帯を使うことで、上質な振袖と釣り合いが取れることになります。写真の丸帯は、大正時代の唐織金糸丸帯で、星合志保プロが正月五日NHK杯囲碁トーナメントで出演した際に締めていただいた丸帯です。