影響のあった本

影響のあった本 · 2021/08/15
11「昭和史」半藤一利
 2021年1月12日、半藤一利氏が永眠されました。同じ戦争体験者の司馬遼太郎氏が昭和を書かなかった(書けなかった)のに対し、半藤氏は昭和に拘った作家でした。司馬氏の場合、あの戦争の馬鹿馬鹿しさから、昭和を書こという気持ちが起きなかったと言っています。逆に、半藤氏は東京大空襲で生死の境を彷徨う実体験と、戦争体験者の聞き取り調査で、「戦争体験者は真実を語りたがらない…」という体験から、後世に実像を伝えなくてはならないという使命感を抱いたようです。司馬氏は従軍での内側からの戦争体験者であり、半藤氏は一般市民の被害者としての体験者という違いがあり、それが昭和を書く書かないの立場を違えたようです。  半藤氏の言葉は、見たまま感じたままを率直に述べているように感じます。明仁上皇夫妻も、その点に惹かれ、度々歴史の話を半藤氏からお聞きになっていたようです。よく、第二次大戦は肥大化した軍部が勝手に起こした、そのような言われ方をする場合がありますが、「昭和史」にはそのように書かれていません。「軍部や時の内閣が率先し開戦を誘導できるものではない。マスコミが世論受けする勇ましい開戦論を煽り、マスコミから煽られた世論が軍部や内閣を動かした…」、というのが半藤氏の見方のようです。また、平成から令和の現在は終戦前夜の時期と大変に似た雰囲気であるとも感じていたようです。どのような点でそう感じていたかと言うと、「指導者が全体のプランや見通しを示さない」、「当局が真実を隠し、真実を求める動きや発言が封じられる…」、「誰も責任を取らない」、「省庁や部署の都合や利益が優先される」…と述べています。  最高責任者の東条英機はどんな気分だったのかを伺うことができる出来事があります。一つは「竹槍事件」です。1944年(昭和19年)、2月23日付け、東京日日新聞の一面に、「竹槍では間に合わぬ…」との記事が掲載されました。これに激怒した東条は執筆者の新名丈夫(しんみょうたけお)を呼び出します。「…死地に送ってやる…」と、新名は直後に召集されることになります。これだけを見ても、軍がどんな気分で国民を招集し、戦地に送っていたかを伺うことができます。もう一つ、「東条自殺未遂事件」があります。1941年(昭和16年)1月8日、東条が示達した「…生きて虜囚の辱めを受けず…(捕虜になりそうな状況になれば自決せよ)」で有名な「戦陣訓」があります。この「戦陣訓」が多くの玉砕や自決の引き金になったと考えられています。終戦後、GHQに拘束された東条は、1945年(昭和20年)9月11日、拳銃自殺を図りましたが、見事に急所を外しすぐに介抱されました。自ら発した「戦陣訓」を自ら破ったことになります。指導者の気分はこんなものだったようです。  また、半藤氏は面白いことを盛んに言っていました。「自分は右でも左でもない、ど真ん中の人間であると思っている。ところが、最近自分が左翼ではないかと言われることがあるのには驚く。ど真ん中の人間がまっとうなことを言うことが、左翼的に見える社会とはどんな社会であろうか…」。もっともっと色んなことを聞いておきたかった方でした。
影響のあった本 · 2021/08/01
10「小説太平洋戦争」山岡荘八
ブックリレー10 山岡荘八「小説太平洋戦争」 (オリンピックで盛り上がる部分はあると思いますが、8月はいつもあまり考える機会のない戦争について考える月間だと思っていますので、少し考えてみました)...
影響のあった本 · 2021/07/25
9「浅見光彦シリーズ」内田康夫
 東野圭吾・村上春樹、古くは横溝正史・松本清張なども一通り家にあったと思いますが、今はすべて処分してしまいほとんど残っていません。が、内田康夫だけは処分する気分にならず、すべて手元に残してあります。内田康夫と言えば、浅見光彦シリーズですね。「平家伝殺人事件」「後鳥羽伝説殺人事件」「天河伝説殺人事件」など、タイトルを見ただけで読みたくなってしまうようなものばかりです。テレビでもお馴染みで、ウィークデイのテレビ番組を見ると、必ずどこかの局で放映しているようです。BS6と8で、そして地デジで、同じ日に計3つも番組が組まれていることも珍しくありません。浅見光彦役は、水谷豊・辰巳琢朗・沢村一樹・速水もこみち・榎木孝明・中村俊介など、どこかユーモラスな中に優しい雰囲気を持つ俳優さんが演じています。                                   推理小説と紀行文が程よくブレンドされた作品の中には、日本各地の伝説や風習などが、絶妙に組み込まれているので、ストーリを楽しむだけでなく、のんびりと旅をしている気分にしてくれます。「風の盆幻想」「しまなみ幻想」などは、そこに居るような気分で楽しめます。北は北海道の網走から、南は琉球の文化まで、本当に各地の文化風土が面白く紹介されています。毎回、殺人事件が起きるのですが、どこか同情できる部分のある事件ばかりで、悲惨な後味はほとんど残りません。エンターテイメントの要素だけでなく、「鯨の啼く海」「靖国帰還」などでは、捕鯨問題や靖国問題などの社会問題に深く切り込んだ作品なども多く見られます。また、「はちまん」「遺影」など、戦争の実体験者として、戦争関連の問題提起の作品も多くあります。数えたことはありませんが、100冊は越えていると思いますので、時間を気にしなくてもよい生活になったら、ゆっくり読み直してみようと楽しみにしています。
影響のあった本 · 2021/07/25
8「故宮」陳舜臣
 中国史は、地域も広く時間の奥行きも深いので、何とも全体を掴み難いですね。中国史に限らず、通史を学ぶ際のテキストは政治(王朝)の流れに沿ったものが普通ですが、面白みに欠けたり箇条書きになってしまったりするものが多いと思います。この「故宮」シリーズは、故宮美術館の収蔵品を軸に中国史を見るという新しい企画です。中国第一級の国宝がふんだんに登場し、そこから中国史を見て行くという珍しい趣向で、何とも楽しいシリーズでした。                                             さて、「中国は…」と言う場合、「どこの何を指して言っているのか?」という疑問が常に付きまといます。まず、1、領土としての中国 2、民族としての中国、の2点が思い浮かびます。しかし、領土は時間と共に刻一刻と減少と増幅を繰り返していて、定まった領土は現在もありません。また、民族として見ても、漢民族が支配した地域ということもできません。漢王朝以来、漢民族が統治した統一王朝は唐と明だけで、他は異民族の王朝でした。しかし、(北京と台北に分かれているものの)故宮博物館に伝わる国宝級の文物だけが、中華思想をベースに中国という国を代表する精神として一貫して伝わって来たことを考えると、中国史を文化財を通して見ることは至って自然なように感じます。  陳舜臣という作家はあまり意識しない作家です。それは縁が薄いからではなく、身近過ぎて取り立てて意識をしないという意味です。「十八史略」は踊り場の登り口などの必ず通るところに常に置いてあり、ちょっとした時間があるとペラペラとめくってはまた置いておく。そんなことをしているといつかは読み終わり、また最初から読み直す、そんなことを何回やったかすら分からないくらい繰り返しているのですが、毎回それなりに楽しめます。イザヤ・ベンダサン(実は山本七平)の「日本人とユダヤ人」が話題になりましたが、陳氏の同列の企画の「日本人と中国人」は、中国人の物の考え方を知る上で大変に参考になりました。「故宮」シリーズは、清滅亡後の近現代史は扱っておらず、中国の歴史を隈なくカバーしているとは言えないかも知れませんが、中国史を知る上で絶対に知っておかなくてはならない重要な宝物が一通り紹介されています。王朝名などで判りにくい箇所も多いですね。南北朝といってもどんな王朝が起こり、五胡十六国といってもどんな民族の王朝だったか、何度見てもすぐに忘れてしまいますので、気になる度に何度も見直しています。とにかく宝物の写真を見ているだけでも楽しくなりますし、中国史は何と言っても物語になりそうな人物や来歴の宝庫ですね。
影響のあった本 · 2021/07/25
7「空海の風景」司馬遼太郎
司馬遼太郎氏の奥様の福田みどりさんによると、「空海の風景」は司馬氏が最も気に入っていた作品で、サイン本を献本する際には必ずこの作品を用いたそうです。また、大阪の司馬遼太郎記念館に所蔵される6万冊の蔵書は、自著の本を除くと大半が宗教関連の本だと言われています。すると、司馬氏が最も興味を持った日本史上の人物は空海だったのかも知れないという仮説が成り立ちます。それほど、空海の生涯は不思議の連続だったと言っていいでしょう。                 空海に限らず、一宗派を興こした人物は魅力的ですし、その生涯は面白いエピソードに溢れています。法然・親鸞は、来世での極楽浄土への生まれ変わりを約束する念仏で、民衆の心を捕らえました。道元をはじめとする禅宗は、ストイックな中に潔く大胆な決断を迫られた鎌倉武士に受け入れられました。日蓮はそれまでの宗教も時の幕府もすべて否定し、何と辻説法という一人だけの街宣活動から一宗派を形成するという信じ難い過程を辿ります。近世でも山中みき・赤沢文治郎・黒住宗忠、なども面白いですし、出口なお・出口王仁三郎の大本教は、明治政府を本気で怒らせ、国が嘘の罪状を並べてでも撲滅しなくてはと躍起になるほど社会に深く浸透しました。しかし、空海は不思議のスケールが一段高いような気がします。                                      さて、宗教家が一宗派を成す過程では、時の権力から何らかの迫害があるのが常ですが、空海だけはそれがありません。迫害どころか、時の最高権力者である嵯峨天皇が空海の魅力に心酔し全面援助をしました。また、何百年にも渡り日本社会に君臨することになる藤原氏とも、何とも円満な関係を築きます。空海が権力に取り入ったということでは決してありません。現世の権力は、理屈や理性ではなく私欲で動きますから、放っておくと何をしでかすか分かったものではありません。そのことをよく理解していた空海は、「教王護国」「鎮護国家」などと説くことで権力側に恩を売り、書道を始めとした文化面で嵯峨天皇の心を鷲掴みにしました。また、空海より遥かに社会的地位の高い最澄さえ、宗教序列では下位においてしまいます。空海の行為は、密教世界の社会的な浸透という極めて学究的な目的であったために、後世の日本人から批判されることもありません。批判されるどころか、「空海が杖を突くとそこから清水や温泉が湧いて出た…」との伝承が日本全国遍く広がっています。それは“高野の聖”が全国を回って広めたのだという説明はつきますが、空海伝説になってしまうところが空海の魔力と言うべきでしょう。                                                         空海の不思議さを述べたら尽きませんが、密教最高位の地位を譲られる場面は圧巻です。805年、密教の中心地である長安・青龍寺に入ると直後に、密教第七祖・恵果(けいか)和尚より密教の奥義伝授を受けます。つまり、日本から来たばかりで初対面の青年に、恵果は「あなたが来るのをずっと待っていました…」と述べ、中国密教最高指導者の位を譲ってしまいます。伝授の儀式がすべて終わると直後に、自分の役割が終わったかの如く60歳で入寂します。また、空海には、20年間唐で勉強して来るようにとの命令が課されていましたが、入唐して2年で学ぶべきことをすべて学んでしまったため、国家の命令に背き帰国してしまいます。遣唐使船は、空海帰国後30年間中国から出ることはありませんでしたから、806年の遣唐使船がラストチャンスで、命に背き2年で帰国する決断をしなければ、空海は日本に戻ってくることができなかったことになります。また空海は、中国で栄えた密教の経典・法具・曼荼羅などすべてを日本に持って来てしまいますが、そんなことをして良いのだろうか、という疑問が沸きます。しかし、空海が密教のすべてを日本に持ち帰った40年後に中国では仏教弾圧が起こりますので、結果的には密教が今日まで受け継がれるためには絶対に必要な決断だったことになります。単なる偶然として片づけてしまうには余りにもタイミングが良く、恵果も空海も、まるで未来を予測できていたかの行動としか思えません。  空海の本名は、佐伯マオです。マオというと、大地真央や浅田真央を思い浮かべるほどに、何とも現代的な響きですね。マオの字は真魚と書きますが、親の真意は不明です。書や語学の達人で文科系かと思いきや、その精力的な行動を見ると明らかに体育会系の体力です。空海が雨乞いをすると、不思議に雨が降り世間を驚かせたようですが、天文学の知識があり天気予測ができたので、雨が降りそうな時期を狙って雨乞いの儀式を行っただけです。すると、理科系の知識もあり、演出者でもあった訳です。身分の高い者しか高度な教育を受けることができなかった時代に、一般庶民でも志のある者なら誰でも学べる施設である綜芸種智院(現代の私立大学)を作りましたので、教育者でもあり社会運動家でもありました。それでいて、ビッグネームにありがちな、如何わしさのような影は微塵もありません。天皇や藤原氏を手玉に取り、後世の民衆の心までも捉えてしまう、正に万能の人ですね。
影響のあった本 · 2021/07/25
6「逝きし世の面影」渡辺京一
この本について、辛口の批評家で知られる西部邁氏が面白いコメントを寄せています。...
影響のあった本 · 2021/07/25
5「炎立つ」高橋克彦
著者の高橋克彦氏は岩手県の出身で、学生時代は東京で過ごしたり、ヨーロッパを放浪していた時期はあったようですが、一貫して地元岩手に拠点を置き活動を続けています。そして、中央や世間に阿ることなく地元の立場で発信を続けてきました。このような作家は大好きですし、必要だと思っています。ヨーロッパを放浪中にビートルズと出会い、最初にビートルズと会った日本人というユニークな逸話もあるようです。                                                             さて、桃太郎のような鬼退治の話がありますが、何とも残酷ですね。鬼が島で鬼たちが平和に暮らしているところに、武器と正義をもった中央の役人武人たちがやって来て、平和に暮らしている鬼を退治してしまうのですから。「炎立つ」は東北地方の豪族間の勢力争いですし、「火怨(かえん)」は阿弖流為(アテルイ)に代表される蝦夷征伐の話で、両方とも最後は中央政権に滅ぼされてしまいます。東北を鬼ヶ島に、東北で平和に暮らしている人を野蛮な鬼として、正義を持っている中央政権が野蛮な鬼ヶ島と鬼を平らげてしまいました。坂上田村麻呂は虐殺者ではなく、勝者側が作った歴史ではヒーローとなっていますね。                              白人は、平時は原則を持ち出すが 都合が悪くなると大砲を持ち出す                                とよく言われますが、今まさにそのことが具体化している事態が起こっていますね。中国が香港や台湾の自由を制限し、中国本土に都合がいいように従わせようとすることは大きな問題がある。そして、反中国の動きが少しでも見えたら軍隊を差し向けようとしている姿勢には断固反対する。そんなトランプ氏ですが、一方ではアメリカ国民が政治的アピールのデモを行っていて平穏を脅かしている、大規模になるようなら軍隊を出してでも鎮圧すると表明しました。ダブルスタンダードの善悪を問うたり、ある種の政治的アピールをしようとするものでは決してありません。個々人や組織が持っている正義の基準や正当性の尺度は、流動的で時と場合によって恣意的に使い分けられるものではないか、という問いかけです。                                                   香港や台湾以上に、中国政府がチベットやウイグルに行って来た同化政策は、大きな問題があると多くの日本人は感じているのではないでしょうか。中国政府がチベットやウイグルに行う同化政策には問題があるが、東北や北海道で平和に暮らしていた人たちを蝦夷(えみし)・夷俘(いふ)・俘囚(ふしゅう)などと呼ぶことで蔑み、滅ぼしてしまうことは何の問題もない…、そう云うものかも知れません。また、チベット・ウイグル・香港・台湾の人たちの自治権や自由は願うが、沖縄の自治権や自由は認めない、そう云うものなのかも知れません。「東京に原発を」という本が話題になったことがありますが、東京の人間は「そんな危険なことが許されて堪るか…」と反対します。同時に「東北ならいいのだ…」、と平然としている、そんな論理と共通していると思います。高橋氏の作品はストーリーとしても面白いですし、現代人にも共通する問題を含んでいると思います。
影響のあった本 · 2021/07/25
4「蘇東坡詩集」
 この本は、伝説の大棋士・藤沢秀行氏が所蔵していたという本で、ご家族の方から昨年贈っていただいきました。囲碁をされない方に秀行氏をどこからどのようにお話して良いものか、なかなか悩ましいのですが、とにかく伝説的な囲碁棋士です。読書家で知られる秀行氏が愛読されていた本だと云うことなので、どのページのどの詩どの字も意味ありげで有難く思えてくるもので、ほんの少しでも秀行氏と共通するものを持つことができたかなと思うと、何とも嬉しく感じます。藤沢様には、本当に感謝しております。  中国の歴史に名を残す文人は、フリーランスということではなく、大方が高級官僚でした。琴棋書画という表現に代表されるように、狭い枠に捕らわれず文学・絵画・書・音楽など多方面に才能を発揮しました。反面、芸術面での多彩な才能に比べ、複雑な官僚組織の中で上手く生き抜く世渡りは得意ではなく、左遷や失脚の憂き目にあう生涯で、受けた憂き目を自分の芸術を飛躍させるバネにしたことも共通していました。蘇東坡(蘇軾)も、失脚し、死を覚悟しながら落剝の思いを詩に綴ることでより一層自己の芸術性を高める、そんな生涯だったようです。  さて、蘇東坡やその作品より、この書を所蔵していた藤沢秀行氏にどうしても思いが行ってしいます。伝説・破天荒・型破り・天才・鬼才・豪放磊落・異常感覚・無頼派・アルコール依存・酒・ギャンブル・借金などなど、秀行氏を語る際の言葉はいくつもあり、とにかくエピソードに事欠くことは無く、どのエピソードも痛快でつい笑ってしまうようなものばかりです。ギャンブルで高利貸しから億単位の借金ができてしまったのを見かねた元法務大臣・稲葉修は、「せめて借金先は銀行へ」と借金の保証人となったほど、政財界にも多くのファンがいました。その借金を1976年創設された最高賞金タイトルの棋聖戦を六連覇することで、返済してしまいました。  お孫さんに藤沢里菜さんという、とてもチャーミングな女性がいます。将棋の藤井君が14歳でプロ入りしたことが話題になりましたが、里菜さんは2010年4月、11歳6か月で囲碁のプロ入りを果たし、最年少記録を塗り替え大きな話題になりました。また、2014年6月、15歳9か月で新設された会津立葵杯の初タイトルを取り、女性棋戦優勝最年少記録を樹立し、2017年7月扇興杯のタイトルを取り女流5棋戦中4つのタイトルを保持する女流四冠を達成するなど第一人者の地位を得ています。興味深いことに、祖父の藤沢秀行氏の異名の一つに「初物食い」というものがあります。新設されたばかりの棋戦で最初のタイトル保持者になることを言います。1962年旧名人戦、69年早碁選手権、76年天元戦、77年棋聖戦と新設されたタイトル戦では不思議と力を発揮しました。そして、お孫さんの藤沢里菜さんも15歳で初めて取ったタイトルが、新設されたばかりの会津立葵杯で、「初物食い」の系譜は、お孫さんへ見事に受け継がれたことになります。今年、博多カマチ杯というタイトルが新設され、決勝トーナメントのベストフォーまでの対局が済んでいます。藤沢里菜さんはベストフォーに残っていて、準決勝・決勝とあと二つ勝利すれば博多カマチ杯初代チャンピョンです。実現すれば「初物食い」の勲章をまた一つ増やすことになるので、囲碁ファンは固唾を呑んで注目しています。この6月に結果がでる予定ですので、何とも楽しみです。                     (後日、藤沢里菜さんは優勝し見事初代チャンピョンとなりました)
影響のあった本 · 2021/07/21
3「国民の芸術」田中英道
誤解と非難を覚悟で「国民シリーズ」を愛読書として紹介させて頂きます。 「国民の芸術」田中 英道 「国民の思想」八木 秀次 「国民の道徳」西部 邁 「国民の教育」渡部 昇 「国民の文明史」中西 輝政...
影響のあった本 · 2021/07/21
2「いつでも会える」菊田まりこ
この本は絵本に属する20ページほどの小さな本です。本は知的好奇心を刺激するものと、心に訴えて来るものがありますね。この本をどこかで見て以来、心に棘が刺さったような状態になりました。犬と一緒に暮らしていた期間が長かったからだと思います。本屋さんでこれを見つけるとつい買ってしまい、知り合いに意味もなくプレゼントしていた、そんな時期がありました。10冊以上は人に差し上げたでしょうか。今でも本棚の奥に何冊か積んであると思います。巣籠りで家の荷物を大量に処分した際に、本もたくさん処分しましたが、「いつでも会える」は何冊あってもそのままにしてあります。                                            この種の絵本は、新書の書店で20種類くらい、ブックオフなどのリサイクル書店には5~60種類くらい置いてあるでしょうか。案外心に訴えて来るものも多いと思います。菊田まりこさんの他の作品を見ると、やはり優しさが共通していて、暖かい気持ちがゆっくりと起こって来ます。エイブラハムの22段階の感情ではありませんが、ある程度自分の心身が心地よくなるような感情のコントロールは必要なのかも知れません。私にとっては、表紙を思い出しただけで優しい気分になれる本の存在は有難いと思います。

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