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4「蘇東坡詩集」

 この本は、伝説の大棋士・藤沢秀行氏が所蔵していたという本で、ご家族の方から昨年贈っていただいきました。囲碁をされない方に秀行氏をどこからどのようにお話して良いものか、なかなか悩ましいのですが、とにかく伝説的な囲碁棋士です。読書家で知られる秀行氏が愛読されていた本だと云うことなので、どのページのどの詩どの字も意味ありげで有難く思えてくるもので、ほんの少しでも秀行氏と共通するものを持つことができたかなと思うと、何とも嬉しく感じます。藤沢様には、本当に感謝しております。
 中国の歴史に名を残す文人は、フリーランスということではなく、大方が高級官僚でした。琴棋書画という表現に代表されるように、狭い枠に捕らわれず文学・絵画・書・音楽など多方面に才能を発揮しました。反面、芸術面での多彩な才能に比べ、複雑な官僚組織の中で上手く生き抜く世渡りは得意ではなく、左遷や失脚の憂き目にあう生涯で、受けた憂き目を自分の芸術を飛躍させるバネにしたことも共通していました。蘇東坡(蘇軾)も、失脚し、死を覚悟しながら落剝の思いを詩に綴ることでより一層自己の芸術性を高める、そんな生涯だったようです。
 さて、蘇東坡やその作品より、この書を所蔵していた藤沢秀行氏にどうしても思いが行ってしいます。伝説・破天荒・型破り・天才・鬼才・豪放磊落・異常感覚・無頼派・アルコール依存・酒・ギャンブル・借金などなど、秀行氏を語る際の言葉はいくつもあり、とにかくエピソードに事欠くことは無く、どのエピソードも痛快でつい笑ってしまうようなものばかりです。ギャンブルで高利貸しから億単位の借金ができてしまったのを見かねた元法務大臣・稲葉修は、「せめて借金先は銀行へ」と借金の保証人となったほど、政財界にも多くのファンがいました。その借金を1976年創設された最高賞金タイトルの棋聖戦を六連覇することで、返済してしまいました。
 お孫さんに藤沢里菜さんという、とてもチャーミングな女性がいます。将棋の藤井君が14歳でプロ入りしたことが話題になりましたが、里菜さんは2010年4月、11歳6か月で囲碁のプロ入りを果たし、最年少記録を塗り替え大きな話題になりました。また、2014年6月、15歳9か月で新設された会津立葵杯の初タイトルを取り、女性棋戦優勝最年少記録を樹立し、2017年7月扇興杯のタイトルを取り女流5棋戦中4つのタイトルを保持する女流四冠を達成するなど第一人者の地位を得ています。興味深いことに、祖父の藤沢秀行氏の異名の一つに「初物食い」というものがあります。新設されたばかりの棋戦で最初のタイトル保持者になることを言います。1962年旧名人戦、69年早碁選手権、76年天元戦、77年棋聖戦と新設されたタイトル戦では不思議と力を発揮しました。そして、お孫さんの藤沢里菜さんも15歳で初めて取ったタイトルが、新設されたばかりの会津立葵杯で、「初物食い」の系譜は、お孫さんへ見事に受け継がれたことになります。今年、博多カマチ杯というタイトルが新設され、決勝トーナメントのベストフォーまでの対局が済んでいます。藤沢里菜さんはベストフォーに残っていて、準決勝・決勝とあと二つ勝利すれば博多カマチ杯初代チャンピョンです。実現すれば「初物食い」の勲章をまた一つ増やすことになるので、囲碁ファンは固唾を呑んで注目しています。この6月に結果がでる予定ですので、何とも楽しみです。                     (後日、藤沢里菜さんは優勝し見事初代チャンピョンとなりました)