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8「故宮」陳舜臣

 中国史は、地域も広く時間の奥行きも深いので、何とも全体を掴み難いですね。中国史に限らず、通史を学ぶ際のテキストは政治(王朝)の流れに沿ったものが普通ですが、面白みに欠けたり箇条書きになってしまったりするものが多いと思います。この「故宮」シリーズは、故宮美術館の収蔵品を軸に中国史を見るという新しい企画です。中国第一級の国宝がふんだんに登場し、そこから中国史を見て行くという珍しい趣向で、何とも楽しいシリーズでした。                                             さて、「中国は…」と言う場合、「どこの何を指して言っているのか?」という疑問が常に付きまといます。まず、1、領土としての中国 2、民族としての中国、の2点が思い浮かびます。しかし、領土は時間と共に刻一刻と減少と増幅を繰り返していて、定まった領土は現在もありません。また、民族として見ても、漢民族が支配した地域ということもできません。漢王朝以来、漢民族が統治した統一王朝は唐と明だけで、他は異民族の王朝でした。しかし、(北京と台北に分かれているものの)故宮博物館に伝わる国宝級の文物だけが、中華思想をベースに中国という国を代表する精神として一貫して伝わって来たことを考えると、中国史を文化財を通して見ることは至って自然なように感じます。
 陳舜臣という作家はあまり意識しない作家です。それは縁が薄いからではなく、身近過ぎて取り立てて意識をしないという意味です。「十八史略」は踊り場の登り口などの必ず通るところに常に置いてあり、ちょっとした時間があるとペラペラとめくってはまた置いておく。そんなことをしているといつかは読み終わり、また最初から読み直す、そんなことを何回やったかすら分からないくらい繰り返しているのですが、毎回それなりに楽しめます。イザヤ・ベンダサン(実は山本七平)の「日本人とユダヤ人」が話題になりましたが、陳氏の同列の企画の「日本人と中国人」は、中国人の物の考え方を知る上で大変に参考になりました。「故宮」シリーズは、清滅亡後の近現代史は扱っておらず、中国の歴史を隈なくカバーしているとは言えないかも知れませんが、中国史を知る上で絶対に知っておかなくてはならない重要な宝物が一通り紹介されています。王朝名などで判りにくい箇所も多いですね。南北朝といってもどんな王朝が起こり、五胡十六国といってもどんな民族の王朝だったか、何度見てもすぐに忘れてしまいますので、気になる度に何度も見直しています。とにかく宝物の写真を見ているだけでも楽しくなりますし、中国史は何と言っても物語になりそうな人物や来歴の宝庫ですね。